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日経最弱、円最強

日経平均株価は相変わらず弱くて、円が買われまくりです。

前回は、円が安全な通貨としてリスクオフ局面では、買われやすいというところを見ました。

今回は、円相場の歴史にフォーカスを当てていきたいと思います。


doruenrekishi.png



固定為替相場 1945–1973

第二次世界大戦後、日本の外国為替相場は全面停止されていましたが、1949年4月25日ドッジ・ラインの具体化の一環として1ドル360円の公式為替レートが実施されました(固定相場制)。

1971年8月15日 ニクソン・ショック(ドルショック)が起き、金本位制が崩壊しました。

1971年12月18日 スミソニアン協定により、1ドル308円になりました。


変動為替相場 1973–

1973年2月 日本は、固定相場制を廃止し、変動相場制を導入しました。

1973年10月 第一次石油ショック
変動相場制移行後は1ドル308円に比べ約16%の円高水準である265円前後で推移しましたが、第一次石油ショックにより280円台に急落しました。
その後も石油価格が上昇を続けたため、円は1974年1月には300円まで売られました。
その後、落ち着きを取り戻した市場で、円は270円台から300円台での値動きを続けました。1975年にはアメリカの景気回復によりドルは買われ、同年12月に変動相場制移行後の最安値である306円をつけました。

1976年~1978年 円高の時代
アメリカの景気拡大を背景として日本の輸出が顕著な伸びを示し、経常黒字が拡大したことから円高が進み、1978年10月にはそれまでの高値である176円をつけました。

1978年11月 カーターによるドル防衛(カーターショック)
これまでの円高ドル安を止める為に、公定歩合の引き上げ、賃金物価の抑制策を相次いで打ち出し、為替相場では各国でドル買い介入(協調介入)を行いましたが、ドルの下落は止まりませんでした。

その是正のためにカーターはドル防衛策を発表しました。
ドル防衛策の内容
・協調介入強化
・公定歩合引上
・預金準備率引上等

この発表によりドル円は1日で10円以上の急騰を見せ、円安ドル高が進行しました。
また、この間にイラン革命とソ連のアフガニスタン侵攻が発生、更に1980年にはイラン・イラク戦争開始と、中東情勢と原油事情は緊迫した結果、一時250円の値をつけました。

以降200円から260円を推移していきます。

1985年9月 プラザ合意 以降は次回持ち越しです。
円高方向への急激なものが見れますね・・・。




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