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堅調の日経

前日に一服して調整したのか、日経平均株価は+128.33で堅調になっています。

任天堂についても一服し、これからどうなるのでしょうか。

今回は、途中となっていました円相場についてみていきます。


1985年9月 プラザ合意
ドル高是正についての会合(G5)が開催され、プラザ合意が成立しました。
242円であった円相場は11月には200円台に、翌年2月には170円台へと急激に値を上げました。
さらに、同年夏には150円台まで円高が進みました。

1987年 ルーブル合意
プラザ合意後のドル安があまりにも急激すぎたために混乱が生じ、今度はドル急落を食い止めることが必要となりました。
為替相場を安定させようとする協調介入の試みも十分には機能せず、ドルは下落を続けました。
また、米国の財政と国際収支の「双子の赤字」が膨らむなどの要因からドル安懸念が強まる中で、1987年10月19日ニューヨーク株式市場が1日で508ドル(22%)の大暴落(ブラック・マンデー)に見舞われるなどの状況もあり、1988年には円高は120円水準まで進行しました。

1989年~1990年 円安基調
国内機関投資家の外債投資規制が緩和されたことやバブルによって含み益が増大した国内機関投資家が対外資産への投資を活発化させたことにより、円安方向を迎えることとなり、1990年4月には160円まで円安になりました。

1990年~1995年4月 超円高
80年代後半に積極的に海外投資をした機関投資家が、バブル崩壊により含み益が激減したために、急激な円高によって巨額の為替差損を抱えた海外資産を売却したこと、ソルベンシー・マージン(支払余力)の導入により、機関投資家が海外投資から撤退をしたこと、バブルが崩壊した日本経済の内需が冷え込んだため、輸入が落ち込み、貿易黒字が増加傾向を示したこと。
以上のことから、円高傾向が強まり、1995年4月には1ドル=79円75銭という高値をつけました。

1995年~1998年夏 証券、銀行破綻 円安傾向
あまりに急激な円高であったので、大蔵省が「対外投融資促進策」などの円安対策、為替市場でも主要各国が円売りの協調介入を実施したことから、1ドル=100円まで是正しましたが、急に20円安もの変動となりました。
さらに、1998年秋には一時1ドル=140円台まで下落しました。
日本国内では、バブル経済崩壊後、不良債権や金融機関の破綻などさまざまな問題が表面化し、1997年秋には山一証券や日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の相次ぐ破綻など危機的な状況となった。

1998年秋~2000年 アジア通貨危機からのLTCM破綻
1997年7月にタイから始まったアジア通貨危機が1998年8月にはロシアへ波及して、レバレッジを掛け新興国の株式・債券に投資していた巨大ヘッジファンドのロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)が経営破綻したことで、比較的安全資産である円が買われ、2000年初頭までに103円台まで値を上げました。

1985年以前とは相場の水準が違うものの、1985年~2000年にかけて見ましたが、かなり乱高下がありますね。

経緯を振り返ることで今後にも役立つようなことがありそうです。

2000年以降については次回にしたいと思います。






応援していただけると幸いです。













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